一般社団法人 ニッポニア・ニッポン - Nipponia Nippon

武蔵国分尼寺跡

基本情報

奈良時代中頃、聖武天皇の詔により全国に建立された鎮護国家を祈願する官立寺院の1つである武蔵国分寺の尼寺です。国指定史跡武蔵国分寺跡に一括して指定されています。史跡指定地は、公有地化と整備事業を終えて、国分寺市最初の市立歴史公園として平成15年4月に開園しました。確認調査の成果に基づいて、尼寺伽藍の中枢部を構成する主要建物や区画施設である掘立柱塀が、埋没保存されているその位置で、建物平面などといった形で、復元的に表示されています。歴史的に貴重な史跡でありますが、出入り自由で無料なのです。北側の崖線には、伝鎌倉街道の切通しが残り、その西側に中世の伝祥応寺跡、東側に塚跡があります。日本の宝として、武蔵国分尼寺の物語を語り継いでいます。

見どころ

歴史を刻む巨大な基壇、「金堂跡」

金堂は、本尊を祀っていた御堂です。尼寺伽藍の中心にある最も大きな瓦葺建物でありました。これはその仏殿の跡です。東西26.7m、南北18.5m、高さ1mほどであり、その大きさに圧倒されます。跡の上に登ると、推定される建物規模が土質舗装範囲で表示されています。また、この跡に組み込まれた施設にて、基壇の土層断面標本を観察することができます。刻まれた歴史から、遠い昔の武蔵国分尼寺に思いを馳せます。

 

◇かつての金堂ー、想像してみよう。

静かに歴史を描く、「尼坊跡」

本瓦葺、切妻造の東西棟石建物であった尼僧の住まいの跡です。正規の尼僧の他に、修行中の尼僧や召使などが従事して、共同生活を行なっていました。柱位置は明らかになっており、往時と同じ多摩川産の石が礎石として配置されています。房内は扉、壁などで仕切られて複数の窓があり、昼間の居住、勉学の間や寝室などの場であったそうです。ここには、どのような物語が存在したのでしょうか。ここは静かに歴史を描き、伝えています。

 

◇なんとも風情があります。

堂々たる佇まい、「幢竿跡」

金堂前面に復元された4本の柱ー、これらは、儀式などの際に周囲を荘厳するための旗などを掲げるための柱です。その名は、幢竿。ここでは、その幢竿の跡と考えられる堀立柱式の柱穴が発見されました。柱の高さは、金堂の軒先の高さを超えていたと考えられています。金堂前面が重要な儀式の場となり、様々な法会が開かれていたことが実際の遺構から確認された例は全国的に珍しいのです。その姿はひときわ目立ち、来訪者の心をひきつけています。

 

◇引きつけられるーその先に。

場所

所在地 〒185-0023
東京都国分寺市西元町4-1
お問い合せ TEL. 042-300-0073(国分寺市ふるさと文化財課)
備考 [文化財指定]国指定史跡(「武蔵国分寺跡」として)
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