一般社団法人 ニッポニア・ニッポン - Nipponia Nippon

イラストレーター あやぺさん

国分寺物語のイラストが生まれるまで。

「お散歩」が大好きで、自分の「幸せ」を絵でお裾分けしてくれる

「イラストレーター」・あやぺさん。

 

あやぺさんと「国分寺物語」は、2013年の春に、ご縁を頂きました。

「会津物語」のロゴを描いてくださったMIKAKOさんの個展にて、

偶然にもあやぺさんの“手描きマップ”に出逢ったことが、きっかけ。

 

あやぺさんのかわいらしいイラストに魅せられた私たちは、

さっそく「国分寺物語」のイラスト制作をお願いし、

彼女は見る人の心をのんびりと穏やかにするような、

すばらしいイラストを描いてくれました。

 

ここでは、彼女の「イラスト」、

そして現在のホームである「国分寺」に対する“想い”について、

お話を伺いたいと思います。

 

彼女がどんな人生を歩み、どのようにして今のイラストに辿り着いたのか。

そして、どんな経緯でMIKAKOさんに出逢い、「国分寺物語」に巡り逢ったのか。

 

あやぺさんに聞く、「国分寺物語」のイラストが生まれるまで。

Interview

手づくりのユーモラス、あやぺさんの世界

編集長

あやぺさんのイラストを見ていると、なんとも心がほんわりとしてきますね。これは基本的に、パソコンなどは使わずに、ぜんぶ手描きで?

あやぺさん

そうですね。

編集長

そんな町歩きのイラストとはテイストをがらりと変え、一方でオトナな雰囲気の女性の顔を描いた絵もありますよね。あれも手描きなんですか?

あやぺさん

はい。手描きです。墨とペンなんですよ。
しかもこのペン、MIKAKOさんが筆ペン教室で愛用しているもので、一回使わせてもらったら、すごく描きやすくって。それから、ずっと使っています。

編集長

なるほど。この女性の髪のところに描かれている花柄も、きれいですね。

あやぺさん

わたし、お花が好きなんです。でも、今後は“龍”とか、“虎”とか。例えば“星座”とかの方面も描いてみようかなって思っています。

編集長

色づけも、ぜんぶ筆で?

あやぺさん

これは、マーカーなんです。“手描きマップ”も、マーカーで書いてるんですよ。“旅日記”の方は、色鉛筆です。

編集長

あ、“旅日記”、拝見しました。この“旅日記”のイラストがあやぺさんのテイストってイメージだったので、このオトナっぽい女性のイラストを見て、振り幅の広さに驚かされました。

あやぺさん

そうですね、それは、結構驚かれますね。
小学校に入って少女マンガの真似から始めたので、最初はそちら寄りの画風からでした。そのときは女の子のイラストを描くことが多かったですね。
それから、“旅日記”の方のテイストも取り入れて、今では、しょっちゅう描いています。一人旅で、10色くらい色鉛筆とスケッチブックを持って、行ったところの写真を撮って……、そうやって毎日ふらふらします。昼間は美術館や町を眺めて。夕方になったらカフェタイムをとって、大好きなケーキを食べながらお絵かきをするっていうような旅をするのが好きです。

ほんとは、描きたい

編集長

それでは、どうしてイラストの世界に入ったかを聞いても良いですか?

あやぺさん

はい。もともと絵を描くことが小さい時から好きでした。気付いたらチラシの裏に絵を描いているような子どもだったんです。それに妹も絵を描くのが好きで。でも、わたしは絵を職業にするっていう気持ちは、特になかったんです。
それで、英語も好きだったので、神戸の外語大学の方に行きました。でも、就職活動をしているうちに、本当に自分がしたいことって、モノをつくり出す仕事じゃないのって。その時は、まったく絵とは関係のない神戸の会社に就職したんですが、そこでも、やっぱり絵が描きたいってことに気付いてしまって。それでも、元の生活を変えることに躊躇(ちゅうちょ)して、すぐに行動に起こすことはできませんでした。

編集長

小さな頃から絵が好きで、妹さんも、と…、それって、親御さんもそういう方面の方だったとか? アートの遺伝子、のような。

あやぺさん

ああ、母親はむかし、製図の仕事をしていたんです。手を動かすということを辿ってみれば、母親の方ですかね。

編集長

なるほど、では、お父さんの方は?

あやぺさん

ええと、うちの父の絵は……、ちょっと何というか、衝撃的な絵なので(笑)。

編集長

そんなにインパクトがある絵を? じゃあ、アートなセンスの方は、お父さんゆずりなんですね。

あやぺさん

いえいえ(笑)。ちがう意味での“インパクト”です。
お母さんは、私がちっちゃい頃によく絵本の絵を折り紙の裏とかに写してくれていたんですよ。それで、お母さんが上手ならお父さんも上手かもって思って、お父さんに人魚姫を描いてって頼んだことがあったんです。それがもう、すごい衝撃的で……、曲がってはいけない方向に体が曲がってたりとかして(笑)。

編集長

あ、そっち……。じゃあ、お母さんゆずり、ということで(笑)。

出逢いと導き

編集長

さて、話を戻しましょうか。神戸でお勤めされている中で、でも、絵を描きたいという“想い”は積もっていったんですね。

あやぺさん

そうですね。
それで、妹もやっぱり絵を描くのが好きで、漫画家目指すために仕事を辞めたんですよ。そんな妹の姿を見て、私は何をしているんやろうってなってたんですけど、それでもなかなか、踏ん切りがつきませんでした。でも、2012年の春くらいに仕事で体を壊しかけて……。それがきっかけで、本当に好きなことをやってみようって思って、それで、神戸から上京しました。前々から妹はずっと、「姉さん、いつ会社辞めて東京来るの」って言ってくれていて……、それで妹を通じてMIKAKOさんとご縁を頂いたんですよ。妹から「東京に、岩国(山口県)出身で、すごくパワフルな人がいるよ」って。

編集長

ま、面白い方がいると(笑)。

あやぺさん

そうですそうです(笑)。
MIKAKOさんとは、ちょうど2年前、2011年の春ごろに初めてお会いして、それから、いっぱいコラボのイラストを描かせていただいたり、何かしら気にかけてもらったりしていました。他の知り合いの方も、「早く東京においで」って、ずっと言ってくれていて。それで、ついこの間、2013年の2月末に、意を決して、ここ国分寺にやって来たんです。

編集長

東京に出てすぐに、イラストレーターとしてさまざま活躍されていて、本当にすごいことだと思います。

あやぺさん

いえいえ! 私は、皆さんがいつも助けてくださって、本当に申し訳ないくらいなんです。こうして立たせていただいているのは、周りの方がいらっしゃるからで、もう、ただただ、ありがたいことです!

編集長

人のご縁から、色々繋がっていくんですね。

誰かのために、描けたなら

あやぺさん

でも、回り道だったかもしれないんですけど、会社勤めをしていた時間と、大学にいた時間っていうのは、今の自分の中でも、本当に大切なものだったなって思っています。

編集長

その頃に受けた影響で、なにか今の絵に活きていることって、ありますか。

あやぺさん

私はちっちゃい頃から、しゃべったり文章にしたりすることが、本当に苦手だったんです。でも、絵を描くことは、大好きでした。人が見て笑ってくれるだとか、優しくなれるだとか、気持ちが安らぐだとか……、そんな絵を描ける力を、わたしが僅かながらでも、もし与えてもらっているのであれば、それを、誰かが何かを伝えるときのお手伝いとして、使いたいなって思っています。難しい事柄を伝える時、言葉とか文章だと、取っつきにくくなってしまったりしますよね。でも、絵だったらもっと気楽に伝えられるかなと思って。
そして、そう思ったきっかけが、学生時代にあったのかなって。その頃、英語を勉強していて、他の国の方と関わらせてもらっていました。そのおかげで、「言葉で伝える」ってどういうことか、より客観的に眺める機会をもらえたんですね。
たとえば今、日本と関係の上手くいっていない国がありますが、そういう国にも、わたしに良くしてくれるお友だちはいます。国同士の大きな関係性の中で、お互いに感情的な“しこり”を持ってしまうこともあるとは思いますが、すべてがそうなってしまうのは、すごく悲しいことです。色々な問題がある中で、誰かと誰かがいがみ合っていたとしても、相手のことを正しく知れば、すっとそのいがみ合いを解消できるかもしれない。そういう“すれ違い”をなくしていくための“何か”を、わたしの絵で伝えていくことができたら、幸せだなって思うんです。
でも、今はまだ、本当に勉強不足なので……、これからいっぱい蓄積していって、そういうことが、いつかできるようになればなって。

編集長

素晴らしいですね!
イラストや絵が持つやさしい柔軟性が、誤解の隙間を埋める―、あやぺさんの試み、すごく可能性を感じますね。夢のあるお役目だと思います。

あやぺさん

いつか、自分の絵で“なにか”を叶えることができたらいいなっていうのは、いつも考えてはいたんですけど、では実際に絵で何を表現するかというのは、正直、見えていなかったんです。以前、知り合いの方に、絵を描くのが好きで、それで具体的に何がしたいの? って言われた時、ぱっと答えられなかったんですよ。でも、その時よりは、今の方がまだ、自分なりの“こたえ”に近付いていっているような気はしています。

わたしの居場所を、歩く

編集長

今度は、国分寺に関わるお話を伺いたいなと思います。今回のお話を快く引き受けてくれた理由は、どのあたりにあったんですか?

あやぺさん

フェイスブックで「国分寺物語」のページを見て、「あ、国分寺、わたし、住んどる」って思ったんです。わたし、いつかは自分が住んでいる場所を自分の地図で紹介できたら幸せだなって、そんなふうに思っていたところだったったんですよ。
でも、今は力がないから無理だって感じていたんです。それが、いきなり実現するようなお話をいただいたので、びっくりして……。

編集長

本当ですか? そう言ってもらえると、とても嬉しいです!
住んでいる場所に愛着を持つというのは人の習性のようなものでしょうが、でも、実際に「自分の住む町を、自分のアートで表現しよう」って、そんな風に強く思えるというのは稀なことだと思います。その気持ちの“芯”みたいなものは、一体どこにあるんだろうって、不思議だったんですよ。

あやぺさん

私はもともとお散歩が好きで、今も自分の街を知るって意味で、色々歩いたりするんです。ちっちゃい頃から父親がたくさん散歩に連れて行ってくれて、歩くのがすごく好きなんですよ。歩き回ることで、自分を街に馴染ませて、より愛着を持ちたいっていうか。ちょうど国分寺に来たばかりで、もっとこの街を知りたいって思っていた時に、こういうお話をもらえて、しかも、私がやりたいと思っていたことも、同時に実現する機会を頂けて……。

編集長

そもそも「散歩」っていうのが「国分寺物語」の大きなテーマなんですよ。そこで「散歩」が大好きっていう作家さんと出逢えたのには、運命を感じます。ところで、散歩する時は、いつもどんな視点で歩いているんですか?

あやぺさん

そうですね、何か面白いものを探すというよりは、ふわ〜っと歩いていて、たまたま、「あ、これ、面白い」って見つけるという感覚でしょうか。私、何もない日でも1回は絶対に外に出て歩き回るんです。何も考えずにぼ〜っと歩いていたら、何かしら目について、新しい発見があったりするんです。
見たモチーフが直接、今描いている絵に関わらなくても、たとえば目に入った配色を、いつか使おうって思う時が来るかもしれません。何かしら無意識のうちに入ってきて、後から生きてくるってことってあると思いますし、まあ、とにかく歩き回るのが好きなんです(笑)。

国分寺の幸せ、お裾分けします

編集長

では、実際に「国分寺物語」を描くにあたって、表現したいことはありますか?

あやぺさん

私にとって、「絵を見ていてほっこりする」とか「自然と笑顔になれる」、というのが、一番の褒め言葉なんです。だから、私の絵を見てくださって、そのお店の料理を食べてみたいとか、ちょっと足を運んでみたいって思ってもらえたら、幸せですね。
私が歩いて楽しかったっていうのを、絵を見てシェアできたらいいなって思います。楽しかったっていう喜びを伝えたくって。

編集長

楽しさのお裾分け、みたいな。

あやぺさん

本当に! 一緒に楽しいなって思ってもらえたら、嬉しいです。

編集長

それは、作家にとって一番の到達点かもしれないですね。
では、国分寺の街の、こういうところが好きっていうのはありますか?

あやぺさん

東京に出て初めて住む街なので、すでに大好きです。これからもっと知って、もっと好きになりたいですね。国分寺が今の私の帰る場所なんだなって、すごく感じています。歩きやすいですし、駅の周りにも色々なお店があったり、ちょっと行ったりすると、緑とか公園があったりするので、歩き回っていて楽しいです。
人の雰囲気もよくって、安心して日常を感じられるというか、より、生活をする場所だなって。下宿している大学生なども多くて、若い人たちが集まるから、そういう若者向けのお店もたくさんありますし、活き活きとした生活の匂いがする街っていうイメージがあります。

編集長

今、とても良いキーワードを言ってくださったんですが、「学生さん」、なんですよね。

学生さんへ、故郷へ

編集長

今回の「国分寺物語」は、学生さんが主体となって地域の“物語り”を発信していきます。そんな学生さんたちへ、地元のアーティストとして応援のメッセージなど頂ければ。

あやぺさん

学生さんたちが、自分たちの街を盛り上げていこうっていうエネルギーは、すごく大きなものだと思います。そんな学生さんの“心”や“パワー”や“想い”が、「国分寺物語」の中でひとつになったら、本当に素敵ですよね。私もその中で、“学生さん”や“お散歩”といった、イキイキとしてあったかい世界観を、絵で表現できたらいいなと思っています。

編集長

あやぺさんのようなアーティストが関わってくれて、地域もますます元気になりますね。

あやぺさん

そうなってくれたら、嬉しいです。これからも、今お世話になっている国分寺はもちろん、自分が生まれ育ったところにも、何かしら関わっていけたらって思っています。自分のイラストで、何か恩返しというか、少しでもお手伝いができたら、すごく幸せです。

編集長

すばらしい“想い”を聞かせていただきました。それでは、「国分寺物語」のイラストを描くにあたって、最後に一言、意気込みを聞かせてもらえますか。

あやぺさん

私は、描かせていただくだけで幸せなので……、私が楽しい幸せな気持ちを絵に乗せて、それを見てくださった方が、笑ってくださったり、ちょっと行ってみようかなとか、そういう気持ちに少しでもなってもらえるようなイラストを描けたら本当に幸せですので、心を込めて取り組んでいけたらって思います。

編集後記

あやぺさんの描く可愛らしいイラストに込められた、大きな夢とあたたかい願い。

 

あやぺさんのイラストは、きっとこれから、もっと大きく、もっと柔らかく、人びとの心をやさしく包んでいくのだろう。

あやぺさんはすでに、イラストに目を留めた誰かの心を、そっとあたためている。
彼女の絵は、日常に溶け込んだ幸せの欠片みたいだ。ユーモラスで、いつまでも見ていたくなる。

 

ぼくら物書きは、言葉を重ねて想いを綴る。もっと具体的に、もっと厳密に。
でも、あやぺさんはまた違って、イラストが持つ、もっと柔らかい“抽象の力”を使う。

ゆっくり誰かを包み込むように。想いが優しく届くように。
そこには言語の壁もなく、見る人にそっと委ねておきながら、しかし、きっとある部分では、言葉よりも鋭く響くものがあるのだろう。

 

あやぺさんのアートが、学生の描く“物語り”とどう響き合っていくか、とても楽しみだ。

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