晴(ハル)の気配
西東京、国分寺。
西、と言いながら、その実、地図の上から東京都全域を眺めてみると、国分寺市は、ちょうど東京のまんなか、おへその辺りに位置している。
国分寺駅は三路線の接続駅で、JR特快も停まるし、黄色くて可愛い西武線の電車も乗り入れている。都心へと通う学生や勤め人が多い。朝、都心に出掛けて、夜、この街へ帰ってくる。そうして、この街で晩ごはんを食べ、この街で眠る。
だから、国分寺の街には、都心よりも濃い生活のにおいがする。
街には、昔から愛され続けている定食屋やレトロなカフェ、商店街が数多く残っている。そして、駅から少し足を伸ばすと、緑豊かな公園やさんぽ道と出逢うことができて、東京なのに自然が多いと、おどろかされたりもする。
国分寺駅の東側には閑静な住宅街が広がり、その中に、この物語の舞台となる東京経済大学がある。そして今、ひとつのゼミから、新しいことが始まろうとしている。 新緑の季節。
葵の花は、晴れ晴れとした陽の光に向けて、すくすくと、その葉を伸ばす―。
東京経済大学の真新しい校舎、六号館のゼミ教室。
今日は、この馴染みの教室に、いつもとは少し違う空気が流れていた。三年生の新ゼミ生が紹介されるというのだ。東経大では、ゼミには二年生から所属し、そのまま、三年、四年と継続していくのが一般的。三年次からの入ゼミ生は、はっきり言って、珍しい。
三年生の河西葵(かさいあおい)は、薄ピンクのカーディガンの袖先をいじりながら、先生と一緒に黒板の前に立っている小柄な男の子を、眺めていた。
先生の紹介を受けて、その男の子は軽く頭を下げる。
「三年の寺西晴樹(てらにしはるき)です。よろしくお願いします」
緊張しているわけでも、眠いわけでもなさそう。でも、何とも言えない、淡泊なトーン。そして、無表情。
本当に、このゼミに入りたかったのかな?
葵は少し疑問に思いながら、晴樹をじいっと眺めていると、ピコンと一瞬、目があった。晴樹は相変わらず無表情だけれど、どうしてだか、葵はその目の中に吸い込まれるような感覚を味わった。
ほんの、一瞬間のこと。 葵はすぐに、視線を自分のカーディガンの袖先へと落とす。そうして、ハルキくんか、と、小さく呟いてみた。
……どんな字書くんだろ。
text by 依田
2013年08月02日